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特別寄稿「時代が変わる2020年」vol.0 前編 中井圭氏(映画解説者)

イノベーティブな取り組みや人物を紹介するメディア「BIGLOBE Style」では、「時代が変わる2020年」をテーマに各ジャンルのゲストによる特別寄稿を掲載します。

今回は、映画解説者の中井圭氏に、映画界から見たwithコロナ時代について寄稿いただきました。本記事は、前後編の2回にわたってお送ります。



突如現れた新型コロナウイルスの感染が拡がり、世界は連続性を失った。

昨日まで当たり前だったごく普通の日常は損なわれ、以前のように気軽に外に出ることや人と接することもままならない、新しい日々が世界中で始まっている。映画界もこの災厄の到来によってかつてない苦境に直面し、どうにか生存を模索している状態だ。

本記事は、BIGLOBEが5月26日に実施した「withコロナに関する意識調査」を踏まえ、新型コロナウイルスの流行によって映画が今どうなっているのか、そしてこれからどう状況と向き合っていく必要があるのか、私見を述べたものである。

新型コロナウイルスで壊滅的な打撃を受けた映画界

新型コロナウイルスの感染拡大により緊急事態宣言が発出され、シネコンや全国各地のミニシアターも、およそ2カ月程度、営業を見合わせる形となった。

全国の映画館が長期にわたって一斉に閉じる。この数十年でも前代未聞の事態だ。数字で考えると、これがどれくらいのダメージになったのかがよくわかる。映画配給会社大手12社の4月の興行収入の総額は、6億8,824万円。これは前年同月比96.3%減。5月に至っては前年同月比98.9%減の1億9617万円という、とてつもない打撃である。

その後、緊急事態宣言が解除され、映画館も徐々に営業を再開する。映画館の組合団体である、全国興行生活衛生同業組合連合会(全興連)は「映画館における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」を定め、多くの映画館がこれに準拠する形で動き出すことになった。

筆者も、TOHOシネマズ渋谷の再開初日に、応援の意味を込めてジム・ジャームッシュ監督のゾンビ映画『デッド・ドント・ダイ』を観に行った。個人的にロビーの密を避けたくて、入りの少なそうな時間帯を狙ったのもあるが、再開直後ということもあって、さすがに観客はまばらで少し寂しい営業再開となっていた。

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席空け対応で、映画館がいつもより広く感じる状況に

どんな条件が整えば再び映画館を利用したいか

さて、ここにデータがある。

先日、BIGLOBEが「withコロナに関する意識調査」(調査日:5月26日〜5月27日)を行った。その質問項目に映画館に関する調査があったので抜粋した。

全国の20代から60代の社会人男女1000人(男女500人ずつ、各性年代100人ずつ)を対象に、「あなたはwithコロナの暮らしを想定して、今後どのような条件が整っていれば映画館を利用したいですか」と質問している。

すると、「マスク着用」(56.4%)、「適切な距離」(46.1%)、「換気」(42.2%)、「手指消毒」(41.9%)、「来場者の検温や健康状態の確認」(38.3%)、「感染症発生の際、来場者の行動履歴を公開する仕組み」(26.2%)、「どのような条件であっても利用したいと思わない」(24.1%)、「特に気にせず利用したい」(10.4%)という結果に。

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女性がより衛生面の対策を求める結果に。

アンケート実施日が緊急事態宣言解除の直後だったこともあり、「特に気にせず利用したい」と回答した人が1割程度だったのは妥当だろう。また、元々、1年間に映画館に行くユニーク人数が人口の多数派ではないことを鑑みると「どのような条件であっても利用したいと思わない」の2割強も意外な数値ではない。この調査結果で注目したいのは、「映画館がどういう対策をすることで再び観客を呼び戻せられるか」という点だ。

映画館の感染症対策は充分

この調査で明らかとなった「観客の求める感染防止対策」を、「現状の映画館での対策」と照らし合わせてみる。

TOHOシネマズ公式サイトで掲載中の「新型コロナウイルス感染予防の対応について」によると、先の調査で観客が映画館に求める対策の最上位となった「マスク着用」については、従業員のマスク着用対応や来場者への依頼を実施している。

他にも「適切な距離」は、前後左右の席をあけるシステムを採用済み。「換気」も常時換気機能などを義務づけた「興行場法」に基づく換気設備の対応がなされ万端だろう。「手指消毒」は、手すりや扉など接触の多い箇所の清掃や消毒はもちろん、来場者が自由に使用できるよう劇場入口やロビーに消毒液が設置されている。「来場者の検温や健康状態の確認」は、入場時に非接触型の検温システムを用いた全員検温を実施。ただ、「来場者の行動履歴を公開する仕組み」まではさすがに対応していない。そこまで求めるには、現時点では映画館だけでは対応不可能だ。

つまり、調査結果により判明した映画館に対応が望まれる箇所の多くは、現時点で既にクリアされている、ということだ。おそらく、現在営業を再開している多くの映画館が、全興連が指定するガイドラインに基づく、上記のTOHOシネマズに近い対応をとっているのではないだろうか。調査結果だけから考えると、映画館は観客の要望を満たしていて、今後の展望は明るいように見える。

だが、残念ながらそれでも、映画館が新型コロナウイルス流行以前の状態にすぐ戻ることはない、と筆者は考えている。それにはいくつかの理由がある。

映画館の再生に立ちふさがる3つの障壁

第1の理由は、席数減少だ。安全面からソーシャルディスタンシングを実施するということは、大幅に席数を削ることになり来場者数は落ちる。席が物理的にないのだから、たとえ満席になっても通常時の半分以下の客数というのが、今の映画館の状況だ。

客席数が半数以下というのは、経済面でダメージが大きい。経営面で余裕のある一部のシネコンであれば、今しばらくは堪え切る体力があるかもしれない。しかし、単純な儲けよりもやりがいを重視して経営してきたであろう多くのミニシアターにとっては、休業中の大赤字に加えて、どれだけ頑張っても売上が半減する現状では、閉館に追い込まれる可能性がある

映画館が休業中、深田晃司監督と濱口竜介監督が発起人となり、多くの映画人や映画ファンたちがミニシアターを支援したクラウドファンディング「ミニシアター・エイド基金」。このプロジェクトは大きな反響を呼び、総額3億3千万円以上を集めた。しかし、これは休業補償の代替となったいわば一時金であり、恒久対応を想定していない。本来は、社会の多様性を保つことも含めて、政治が文化芸術支援として客席数を絞った映画館への救済措置を取る必要があると筆者は考えているが、この事態が長引くと映画業界はビジネスとして代替手段を検討する必要が出てくるだろう。

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ミニシアター・エイド基金公式サイト

第2の理由は、作品の公開延期だ。多くの人が映画館で観ることを待ち望んでいる大作は、製作費に莫大な金額がかかっている。映画会社にとって、確実に売上を伸ばすためには、映画館が観客に完全に受け入れられているタイミングで公開したい。少なくとも座席数が元に戻る時期まで公開を待ちたいと考えるのは、映画会社のビジネス面から考えても当然の判断と言えるだろう。その結果、観客が観たい大作が映画館で公開されない時期がしばらく続くことになる可能性は高い。映画館に観客を呼ぶためには、作品が必要だ。強力な作品がなければ、観客は戻ってこない。

そして第3の理由。1、2の理由と比べると抽象的だが、「安全」と「安心」には大きな隔たりがあることも見逃せない。そもそも安全とは客観的な事実に基づいたものだが、安心は主観的な感覚が生み出す。専門家の指針を実現することで生まれる客観的な安全性の高さは、必ずしも価値観の違う個々人にとっての安心には直結しない。つまり、漠然とした「何か不安」という気持ちを払しょくするのは、難度が高い。

ワクチン普及のような安全度が高い状況が早期にやってくる場合は別だが、withコロナ時代に合わせて多様な観客の安心をどうしたら獲得できるのか。心理面での対策を考える必要があるだろう。ただ、ワクチン普及以外でこの問題を最終的に解決するのは、新型コロナと共存する現実に慣れるまでの、「時間」しかないのではないか、と筆者は考えている。

また、心理に紐づいた話で言うと、映画館へ足を運ぶという行為は「習慣」であることも見逃せない。特に映画ファンにとっては、映画館で映画を観るのは習慣になっているだろう。これが途切れてしまったことの影響は、はっきりとは見えてこないが、実際は小さくはないのではないかと懸念している。<後編へ続く

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今後、映画館の利用動向は大幅減少に。


「withコロナの時代に映画の灯を消さないために」後編 style.biglobe.co.jp