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特別寄稿「時代が変わる2020年」vol.0 後編 中井圭氏(映画解説者)

イノベーティブな取り組みや人を紹介するメディア「BIGLOBE Style」では、「時代が変わる2020年」をテーマに各ジャンルのゲストによる特別寄稿を掲載しています。

前回の「withコロナの時代に映画の灯を消さないために」前編に続いて、今回は後編をお届けします。
「withコロナの時代に映画の灯を消さないために」前編はこちら


アメリカにおける映画館とオンデマンド配信

新型コロナウイルス流行に直面した日本の映画館の現状は「withコロナの時代に映画の灯を消さないために」前編で述べたとおりだが、それに対して映画大国アメリカでは、withコロナ時代にどう向き合っていくのだろうか

アメリカでは、4月上旬に重要な試みが行われた。新型コロナウイルスが大流行しているそのタイミングで、大手映画会社のユニバーサル・ピクチャーズが、新作映画『トロールズ ミュージック★パワー』の劇場公開同日のオンデマンド配信開始に踏み切ったのだ。

これは映画館との取り決めである、90日間の「シアトリカル・ウィンドウ」(映画作品の劇場公開からパッケージ販売や配信などの二次使用まで、一定の期間をとることで映画館での興行を保護するルール)に反する特例措置だった。

多くの人が家を出られないという特殊な状況だったこともあるが、同作のオンデマンド配信は、通常の映画鑑賞料金と比べて19.99ドルという高額な料金設定にもかかわらず、3週間で1億ドルという驚くべき売上を叩き出した

この事実に可能性を強く感じたユニバーサル・ピクチャーズは、今後の同社作品についてもオンデマンド配信の継続を示唆する。既存の映画館のビジネスモデルを脅かすこの取り組みの継続宣言は、当然ながらアメリカのシネコン最大手AMCをはじめ、アメリカ中の映画館から猛反発を食らうことになった。

しかし、配信の収益性の高さやwithコロナ時代の見通しの悪さから、ディズニーやパラマウントなど他の大手映画会社も、劇場公開と併せて新作のオンデマンド配信実施を言及し始めているのが現状だ。アメリカもソーシャルディスタンシングにより席数を減らした営業が続くことは間違いなく、従来のような映画館経由での収益を見込むことは難しい。そして何より、観客自身が「自宅で新作映画を好きな時に観る」体験をしたことで、この動きは今後加速する可能性を秘めている。

日本におけるオンデマンド配信の新たな取り組み

一方、日本ではオンデマンド配信をどう捉えているのだろうか。

今回の新型コロナウイルスの流行下において、日本でも新作のオンデマンド配信事例がある。新作『精神0』の公開を待機中だった想田和弘監督と映画配給会社「東風」が相談して立ち上がった「仮説の映画館」だ。オンデマンド配信で作品を視聴するのだが、その際、利用者が実在の映画館を選択することで、売上がその映画館に分配される仕組みで話題となった。この「仮設の映画館」は、あくまで新型コロナ流行による緊急避難的な措置だったが、新作映画のオンデマンド配信は、今後の動向次第で少しずつ検討されていくだろう。

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「仮説の映画館」公式サイト

先のBIGLOBEの調査(対象:20代~60代の男女1000人、調査日:2020年5月26日~27日)によると「新型コロナウイルス流行を経験後の各業種やサービスがどうなると思うか」という今後の利用予測の質問に対し、映像・動画配信ジャンルは「今後利用が増える/盛況になると思う」と50.5%が回答。さらなる躍進を予感させる結果となった。

日本でも新型コロナウイルス流行時点で、自宅で快適に過ごすためにNetflixやAmazon Prime Videoなどのオンデマンド配信サービスを利用した人は多い。両サービスとも質や量的にも充実しており、自宅で好きな時にクオリティの高い作品を観る行為に慣れた人は少なくないだろう。その点において、アメリカと似たような状況に近づいている。

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映像・動画配信サービスは、「今後利用が増える」と予測する人が50.5%に

映画会社と映画館が密接に連携した日本のビジネスモデル

では、withコロナの時代、映画館で映画を観ることは難しくなるのだろうか。

現在の日本の映画産業の商流は、資金を集めて映画を制作したら、まずは映画館で公開する。そして映画館での売上を映画館や映画会社などで分配することが基本だ。パッケージ販売、放送、配信などの二次使用は、そのあとの話となる。

1948年、製作や配給を行う映画会社が、映画館を持って興行まで支配する状態を独占禁止法違反とした「パラマウント判決」によって映画会社と映画館が分離した歴史を持つアメリカとは違い、現在も大手映画会社が傘下のグループ会社として映画館を保有し、ビジネスの中核として自社配給作品の番組編成などで密接に連携しているのが日本の映画界。

映画館を無視した新作映画のオンデマンド配信という、映画界の根底を覆すようなビジネスモデルの転換は、日本の大手映画会社にとって強烈な打撃を受けるため、良い解決策が見つかるまではそう簡単に変わることはないだろう。しかし、今回の新型コロナウイルスの流行によって、普段ではあり得ないことが起きている現実を我々は目の当たりにしている。何が起こるのかは全くわからない。そして、我々の価値観は確実に変容している。

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7割以上が新型コロナ流行を経験して価値観に変化が生まれた。

変化することを前提にした時代の映画の在り方

グローバリズムの加速とテクノロジーの進歩により、人類史上最も多くの人口を抱え、移動が活発な現代。確実にやってくると言われる新型コロナウイルスの第2波、第3波はもちろん対処が必要だ。しかし、それ以上に「第2の新型コロナウイルス」の到来を真剣に考える必要があるだろう。従来から繰り返される戦争やテロリズムの危険性と同等かそれ以上に、未知の感染症によるパンデミックの危機が常態的にやってくる現実とどう向き合って生きていくのか。これまで経験したことのない様々な価値観の衝突が生まれる。それこそが、withコロナと呼ばれる時代の姿だろう。

そんな時代を映画を軸に考えると、おそらくアメリカは、実験的に劇場公開に併せた新作映画のオンデマンド配信を実施していくことになるだろう。このビジネスモデルが最終的に上手くいくかどうかはわからないが、少なくとも既に映画館を経由しない映画的作品の提供は始まっている。NetflixやAmazon Prime Video、先頃日本でもサービスを開始したDisney +などの配信サービスは、映画に匹敵する潤沢な予算をかけ、従来であれば映画館で上映するクオリティの作品を、映画界で活躍している監督や俳優を起用して製作、配信している。だんだんと配信の土壌が整ってきた状態で、既存の映画はどうするのか、徐々に試されていくだろう。

日本では、先ほど言及した通り、構造的に映画の商流をそう簡単には変えられないし、変わらない。ただ、映画を作る側、届ける側、そして観る側も、長年変わらないものとして固定してきた映画そのものを今後どうしていきたいのか、今まで以上に明確な意志を持って動くことが必要になるだろう。このまま状況に任せていて、もし映画館が今以上に困窮することになれば、継続することが困難になるのは避けられないだろう。そうなると本当に映画館で映画を観ることそのものが失われてしまう。井浦新さん、渡辺真起子さん、斎藤工さんといった、映画館文化を守りたいと願う俳優たちが力を結集し、ミニシアターを支援する場としてオンライン・プラットフォーム「Mini Theater Park」を創設したことも、この観点から意味があると考える。

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「MINI THEATER Park」公式サイト

withコロナの時代に映画の灯を消さないために

withコロナ時代では、単純に在りし日の過去に戻すのではなく、流動性の高い環境に適応するために仕組みを変えていかなければならない。そうでなければ長くは生き残れないことを、映画界のみならず社会全体が認識していく必要があるのではないかと考える。

ただ、それは短絡的に「オンデマンド配信を推し進めて、映画館で映画を観ることを諦める」こととはまるで違う

「映画館で映画を観る」という行為は、容易に代えがたいものである。理由は、映画自体が映画館で観られることを前提に作られているからだ。現在、映画館で公開されている作品は、映画館のスクリーンサイズや音響を想定して作られている。作り手はその環境に沿った演出や編集をしているし、俳優の演技も瞬きひとつとってみても、その画面の大きさを意識している。そして、映画館にいる観客は、スマホを触ったり人と話すことを封じられて、画面を見つめる行為のみに集中する。家で観ることと映画館で観ることは、根本的に違うものだ。映画館は今、映画と呼ばれるものを規定している

現時点で「映画を守るということは、映画館を守る」ということだ。映画館がまだ継続できているうちに、映画館で映画を届けたい人や観たい人が不幸にならない、新しいビジネスモデル再構築を検討するのが良いだろう。アメリカで実施を検討されているオンデマンド配信と映画館上映のハイブリッド型は、そのまま日本に適用はできないが、ビジネスモデルを変えることで今後起こり得るパンデミックを前提としたwithコロナ時代を乗り越えるヒントがあるように思う。前述した「仮説の映画館」の取り組みなどは、映画館保護の視点はもちろん、先々の映画人口を増やす意味でも、今後各社が真剣に検討しても良いのではないだろうか。大切なものを守るために、変化を考えるのは間違っていない、と筆者は思う。

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『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』

先ごろ営業を再開した映画館。まず全国300館で公開となった傑作『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』は、公開3日間で4万人を動員し、5415万円の興行収入をあげた。座席数削減と感染に対する心理的ハードルという二重苦の中で健闘していると思うが、まだまだ本来望んでいた数字には届いていないだろう。しかし、映画の灯を消さないために、いまこのタイミングでの上映を決断したソニー・ピクチャーズに敬意を表したい。

ここのところずっと停滞していたが、徐々に映画の動きが見えてきた。大作が軒並み年末や来年に公開延期する中、クリストファー・ノーラン監督の新作『TENE テネット』は、踏みとどまって今年9月18日に日本公開を予定している。6月公開予定だった行定勲監督の新作『窮鼠はチーズの夢を見る』も9月11日に公開が決まった。

直近では、ペドロ・アルモドバル監督の『ペイン・アンド・グローリー』が6月19日、今年の年間ベストテン入りするのではと筆者が考えている『はちどり』も6月20日に公開となる。さらに6月26日よりスタジオジブリの過去作品群である『風の谷のナウシカ』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『ゲド戦記』が全国372館で再上映になるのも、映画館再生の追い風になる。この先、映画がどういう道を進むとしても、ひとまず今、映画館に行くことが支援になるだろう。

withコロナの時代に映画の灯を消さないために今できることを、それぞれの立ち位置で連帯して考えていきたい。

(文:中井圭/映画解説者)